2012/10/22 msn記事:
面接官は「3秒ルール」を持っている
まぁ、まずは記事をご一読を(´ー`)
読んでいて納得のいくシーンは多々ありますね。特に第一印象で「こいつあやすぃ」とおもった某社の営業なんかは、とにかくウソばかり。仕事をとるために都合のいい話とウソ、真実のかけらを混ぜてさも全体が真実のように思わせつつ、しっかり嘘で都合のいいように誘導する。
冷静に話をしていたら「こいつ何言ってんだ、一部の真実が全体に通用しないなんて当たり前。それを無視して都合のいいようにだけ話をつくってやがる」
っというケースは、誠におおい。そして、そこを付いて質問するとはぐらかす。もしくはライバル他社製品を急に引きあいにだしてきて「あっちはもっとひどいんです」って言い始める。それは違うだろう。あんたのところの製品について聞いているのだ。まっとうにこたえろ! っていうわけです。
まぁ、そういう営業マンは、詐欺師同然ですよね。。マジ信用できん。
そしてもう一つ。『ビジネスの世界では何事も、まずは結論から入る。』というところ。
これを無視するライターが非常におおい。先日のインプレスの記事で私はカンカンになって起こったが「結論」・「事実」・「記者の妄想」の区別がついておらず、まず結論がないために、何が言いたい記事なのかさっぱりメリハリがついていない。
さらに、「事実」・「記者の妄想」の部分が文脈は表示からつながっており、意図的に記者の妄想が事実であるかのように書かれている。
仮にも「記事」であるのなら、「結論」と「事実」はしっかり明記し、記者の創造・妄想部分は読者にわかるように明確にしなければならないと私は思う。これらのことは、大学で「論文」を書き、提出するときに、普通に指摘されるはずなんですけどね。まともな教授の授業を受けていたのであれば。。 まして、マスコミで記事を書く立場なら、こうした最低限の基本はできていてあたりまえであり、「結論」が不明瞭で「事実」と「書き手の想像・妄想・創作」が区別つけられていないものは、そもそも記事ですらない。
まぁ、私も留学時代、教授にさんざん論文で指摘されたわけで・・・w
このブログでも「事実を述べるべき記事」については、まず最初に元となった記事などの事実。そして結論をまず書くように心がけています。そして、そのあと、事実や引用元となったことに対する私自身の想い等を書き連ねています。
そして、事実やソース元のデータと、自分の感想等の部分は段落わけをするなどで明確にするよう心がけています。
私が怒ったインプレスの某記事のように、事実からだらだらはなしておいて、最後の最後に記者の想像です。なんて締めくくられていたら、どこからどこまでが事実なのか不明瞭この上ない。事実からはなれて記者の想像による文章は「まぜるな危険」というわけです。それこそWebページなのですから、事実部分のみBOLDにしたり、HRタグで明確な区切りとし、それ以降記者の想像であることを明記の上で記者が事実より想起した部分を書くべきであるのです。
このブログでたまに知人から「読みにくい」「1行ずつに分けてくれれば読みやすい」っていわれますが、そうしない理由は「段落ごとに事実、もしくは私の想像などの記載内容を明確に分類するため」という意味合いがあるのです。ほかにも割と私は長めの文章になりがちなので、1行でわけてたらとんでもない長さになっちゃうってこともありますけどね。
「行を分けること」「段落を分けること」「HRタグで分けること」それらすべてに意味があって、ここでの私の文面は、こうなっているのです。
それにしてもまぁ、読みづらいというより、『何が言いたいのか結論すらない「記事」』『事実と書き手の想像の区別がついていない記事』は、ほんっと増えたものだ… やれやれ ∩( ・ω・)∩